代表取締役

Satoru Yano

1980年(昭和55年)生まれ

経歴

ペットボトル製造業・電気工事業・配達業などを経て、2003年頃に排水管・貯水槽の清掃業である株式会社ナスコ入社。約3年で独立し、2006年(平成18年)に当社の前身となる矢野ジェットクリーンを創業、2017年(平成29年)に法人化。

趣味

フットサル、ゴルフ

一言

1人はみんなの為に、みんなは1人の為に。

人生一生勉強道。

自己紹介

ーーー 独立してどん底を味わう

26歳のとき、友人と二人で個人事業として独立しました。

1年目から売上げが順調だったものの、自分の力のおかげだと「天狗」になってしまいました。

今から思い返せば、仕事をなめていたと言わざるを得ません。

2年目以降はどんどん仕事がなくなっていきました。

仕事を受注するためのコストが増え、運転資金も底をつき、1000万円近い負債を抱えてしまいました。

ーーー 再起と仲間の存在

このままの状況ではいけないと、共同経営者の友人と話し合いを重ね、別々の道を進むことになりました。

それから「矢野ジェットクリーン」の屋号で個人事業として再スタートしました。

空いている時間にはアルバイトもし、3年間で負債を完済しました。

この頃は特に精神的につらい時期でしたが、仲間が支えてくれました。

自分の力だけではない、仲間がいたからやり直せたと、心から思えました。

それまでも仲間を大切にする気持ちはありましたが、自分にとって仲間の存在は大切だと身に染みてわかったのです。

そこから人一倍、仲間を大切にする気持ちがより強くなりました。

負債を返済した後も、決して昔のような天狗の自分に戻ることはなくなりました。

ーーー 法人化と母の急死

仲間と共に真剣に仕事に向き合ってきたことで、公団からの大型案件も受注するまで信頼を勝ち取りました。

仲間の助け、母からの資金援助も受け「株式会社矢野ジェットクリーン」を設立し、事業を法人化しました。

母からの援助資金も直ぐに返済してみせると仕事に取り組んでいた矢先、母が急死しました。

前日まで元気に家族と過ごしていた当たり前の日常が急変しました。

「当たり前なんてない」と強く実感した出来事でした。

ーーー 人を笑顔にする。

母への恩返しをしていく。

皆のお陰で立ち上げることができた会社を潰すわけにはいかない。

自分についてきてくれる仲間を、絶対に笑顔にする。

一人の人間として、人の役に立つ。

これからの人生をどういう考えで生きていくかの覚悟が決まりました。

その気持ちを糧に、自分が出来る事、自分の力を仲間のために最大限に使うというのが、私個人そして会社の理念となっています。

今後の展望

現在の主力事業は順調に成長しています。

自分が成長する過程で、どんどん人の輪が広がって、視野も広がりました。

今後の展望としては、飲食店やアパレル、SNS(YouTubeやTikTok)といった自分の興味関心のある分野で新規ビジネスを立ち上げていきたいと思います。

将来的には社内で異業種交流ができるくらいに輪が広がっていくのが夢です。「他業種で経験したいものある?体験してきて良いよ」と言えるような会社になるのが理想です。

私たちの理念は人の笑顔をつくるということです。いまの主力事業に加えて、様々なことに挑戦し、一つでも多くの笑顔をつくっていきたいです。